住友シゲルは休めない

住友茂の多動な日々

日本の道徳性

通勤時、電車に乗ることがある。


その際不思議に思うことがある。


お年寄りが立っていたら、多くの人たちが席を譲るのである。


まぁ確かに僕自身お年寄りが立っているという状態になればせきをゆずる。


そのような認識が多くの人にあるのだ。


そこで、自分自身なんで席を譲るのか考えてみる。


しかし、これといって納得できるような理由は思いつかない。


おそらく、なんとなく  そんな認識で席を譲るのだとおもう。


でも、このなんとなくという感覚は大切なのかも知らない。


多くの人がなんとなくお年寄りに席を譲るということは、その善意が当たり前になっており、その善意に対して見返りを求めていないと考えられる。


見返りを求めているのであれば、席を譲る理由としてお礼を言われたからとか、周りからよくみられたいなどの理由があるが、なんとなくであれば、善意が常習化しており、これといって特別な思いがないとおもう。


私の住んでいるところはいい人が多いと思った。