行動する動機
私と云う人間は大変稀に見る存在であると感じる。
まぁ行動する動機というものが、あまりにも異質すぎる場合が多くあるからである。
私が行動する理由の背景には基本的に他者が存在する。
まぁ他人には快楽主義者であるなどと申しているが、行動を突き詰めいくと、そこには他者が存在する。
以前水風船を投げ回して遊んでいたことがある。
まぁこれにも様々な意味があり、子供と遊ぶ際、どのような点に配慮するか気をつけるのかを明確にするためにこのような行動をしていた。
決して楽しいからしていたわけではなく、背景には子供がそんざいしていた。
このようなことを書くと某私の大学の親友がの一人が色々と文句を言ってくると思うがその時は聞き入れようと思う。
つまり、この文章をみて、色々と突っかかってくる人がいたとすればその人は即ち親友なのである。
何はともあれ、私の人生を振り返ってみるとそのようなことが多くあったように思われる。
そうは言っても、その時は他者からよく思われたいという気持ちや気に入られたいという気持ちはなく、その人に何ができるのかを考え、吟味しての行動であった。
自分可愛いの行動ほど私が嫌いなものはない。
私が生きているのは社会である。大学生であったとしても私は社会に生きているから社会人である。
そう捉えるのであれば、私の行動1つ1つがどのように社会に影響していくのか、どのように社会に貢献できるのかを考え、謹んで生きていきたい。
良い世の中をつくっていくのは政治家ではない。一人一人が良いと思う意思が集まって良い社会をつくっていくことができる。
平和で民主的な社会にするためにも、子供達にこのようなことを考えていってもらいたい。
世の中自分自身が変わらなければ、何も変わらないのだから。
とりあえず、私は教員採用試験に向けて、できることを頑張っていこうと思う。
一次試験が受かっていればいいな。
落ちてたから酒のつまみの笑い話にでもしようと思う。