らしさ
時たま自分らしくないと言う言葉を聞くことがある。
しかしながら、この使い方は自分らしさというものについて理解している人と理解していない人とでは意味合いがかなり違ってくると思う。
自分らしさというものを把握し、自分とはなになのかということについて、深く思慮し、客観的にみてもこれは自分だなという域に達している人が使えば確かにそうだなと思う。
しかしながら、その域に達していない人が使うとなれば話は別であり、それはその人らしさでもなんでもなく、ただのその人の思う自分の理想像である。
後者の意味合いで自分らしくないと使うのであれば、それは即ち自身を苦しめることになるだろう。
理想と自己の能力にギャップがあるとそれだけで辛いものである。
となればどうするかというと自分らしさなんて求めなくて良いと考えている。
自分らしさというものはそもそも論まとめて手に入れるものではなく、自分の理想に向かって正しく努力し、日々の生活の積み重ねによって自分独自の能力や考え方、振る舞いなどを自身の意識の中に浸透させ、無意識でも、それらが滲み出てくる状態を自分らしさだと思う。
つまり自分らしさとは自分らしくなろうと思って手に入れるものではなく、努力の結果として後から気がつくものであると思う。
だから、自分らしくなろうと思うのではなく、できることをやって能力をつけたり、成果を出したりする方がよっぽど精神的に楽であると思う。