安心感について
私の思想の大半は愛着的な理論が元となっている。
愛着と安心感というものはとても関係が深く、切っても離せない縁がある。
そもそも、人は安心していなければ行動することはできず、また、安心の対極であら、警戒心が強い時というのは過敏性が強くなる傾向がある。
そのため、警戒している状態では普段気にしない臭いや音、対人関係に関する不安感などが顕著に出てきてしまうことがある。
逆に安心感があれば過敏性が少し弱まったりする。
そもそも、安心感というものの機能は重要であり、安心感があるからネガティブな感情に対してうまく対処ができたり、ポジティブな感情を得ることができたりするのである。
とりわけ、安心感の段階としては、ポジティブな感情の入手、ネガティヴな感情の排除、自分自身での行動という段階を辿る。
一部の専門家はこの段階を安心基地、安全基地、探索基地という風にわけ、安心できる人がいるからできることがあると述べている。
このようなことからも人にとって安心できる存在は必要であり、人が人に依存するということは大切であると考えている。
しかし、この依存するということについては、難しいことであり、個人的には依存先を多くすることが重要であると思う。
一つのところに依存してしまうとその依存された相手が疲弊する可能性があること、逆にその依存先がなくなった時自信の依存先がなくなり、精神が保てなくなる可能性があるということが考えられる。
そのため、複数のネットワークを築き、色んな人に助けられながら、また、色んな人をこちらが助けながら生きていくことが重要であると考える。
でも、人を助け過ぎようとすると疲れてしまうので自分のできることをすることが大切である。
結局は何事も極端にすることでなく、自分も相手も負荷を負わない中間地点を探していくことが大切なのである。