生かされてある私
昨日柚葉さんとフェイストゥーフェイスで、対談をしていた。
その結果心に残った内容というのが、我々は常に生かされているということである。
例えば、私はアイスが好きである。
しかし、私は私の力で美味しいアイスを食べることは無理である。
アイスを食べるという行為の裏には多くの人の努力があり、労力がある。
例えば、ソフトクリームを食べたいと私は思うとする。
私がどのような行動をするかというと、バイトをしてお金を稼ぎ、ソフトクリームを買うだけである。
しかし、その裏で、牛を育てる人、ソフトクリームを作る人、商品を運ぶ人、商品を売る人、商品をうまく保管する人など多くの人の行動がある。
私は1人で生きていると勘違いしても、その裏で多くの人にお世話になっているのである。
人は1人では生きていけないのである。
何かと繋がりをもち、生きてるのである。
そして、それを実感することで、生きていることの素晴らしさを感じることができる。
君たちはどう生きるかという本が一時期流行っていたが、この本とはまさしく、コペルくんが、このようなことに気づいた上で、どう自分の生き方に向き合い、行動するかという話であると感じる。
我々は何かのつながりにより常に生かされている。
この観念を極めたいって至る観念はつまるところ感謝である。
そう感じるのであれば、私の場合、誰かのために行動したいと感じ、動かざるおえない状態になる。
特に私は子供たちによって生かされてある。
私がいつも楽しいと感じるのも、勉強しようと感じるのも頑張ろうと思うのも子供たちがいるからである。
少しでも、子供たちに良い人生をおくってもらいたい、そう思うことで私は頑張れる。
そして、子供たちが僕と関わってくれることで頑張ろうと思えるのである。
常に感謝することを忘れずに生きて生きたい。